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岐阜城について

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岐阜城について

岐阜城は、岐阜県岐阜市の金華山に位置する山城跡であり、かつては稲葉山城と呼ばれていました。この城は鎌倉時代から存在しており、戦国時代には斎藤道三によって整備されました。しかし、1567年に織田信長が稲葉山城の戦いで城を奪取し、本拠地を移しました。信長はこの際、城や町の名前を「井口」から「岐阜」に変え、天下布武と天下統一を象徴する意味を込めました。

岐阜城は、山上の城郭部分と山麓の居館部分を中心に構成されており、それらを結ぶ登城路や山中の要所には砦も配置されていました。また、山自体が天然の要害として機能していました。城主の館は山の西麓に位置し、斎藤氏の時代に建てられ、信長が大規模に改修しました。館には大きな池と庭園があり、有力者も招かれるほどの豪華な場所でした。

岐阜城の城主は、織田信長の後を継いで織田信忠、織田信孝、池田元助、池田輝政、豊臣秀勝、織田秀信などが務めました。しかし、秀信は石田三成の挙兵に呼応し西軍につき、関ヶ原の戦いの前哨戦である岐阜城の戦いで落城しました。その後、徳川家康によって岐阜城は廃城とされました。

最近の調査により、岐阜城の価値が再評価され、2011年には岐阜城跡全体が国の史跡に指定されました。現在、山頂の城跡や山麓の織田信長公居館跡は、国有林の範囲に含まれています。また、山麓の岐阜公園内では発掘調査が行われており、現在も進行中です。

なお、山頂にある建造物は1956年に建てられた模擬天守であり、当時の天守を再現したものです。一方、山麓の岐阜公園内には信長公居館跡があり、谷川の両側に建物や庭園が配置されています。

岐阜城

ジャンル 城郭・城跡
都道府県 岐阜県
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